横浜マリノスからJ2ジェフ千葉へ期限付き移籍したDF武田英二郎君が
5月8日、J2リーグ10試合に出場し、規定時間(J2では900分間)
を超えたので、晴れてA契約(年俸480万円以上)
に昇格しました。
マリノス入りした2011年は、全くプレーできず、今は、サテライト・リーグ
も廃止されてため、出番のないまま1年間の空白で今季を迎え
ました。
マリノスは「若手を伸ばすには実地の経験をさせないと」と、プレー
できそうなクラブを捜していたとき、千葉が名乗りを挙げたので
武田君は移籍したのです。
マリノスは、この方法で愛媛へ移籍したMF斎藤学選手が、
1年間の移籍期間中、14得点を挙げる成長を見せ、呼び戻した
ところ、五輪代表に選ばれるまでになった、例があります。
「多くの人に支えられてここまできました。時間はかかりましたが、
これで、プロとしてのスタートラインに立てました。しっかりと、
責任あるプレーをしたい」
と、武田君は喜びの声です。
大学時代から左サイドバックのスペシャリスト、と知られ、
J1復帰を目指す千葉の重要な戦力です。
また、マリノスへ戻るときは、今度こそ、レギュラー定着を
目指し、やがては代表を狙う選手に育って欲しい、
と願っています。
(松原明)
了
デンソー杯の会見のとき、実行委員会本部長の乾真寛(福岡大監督)氏は
さらに、新たなデータを披露しました。
乾さんは実に雄弁家、まさに、政治家のようなPRマンです。
いつも煙に巻かれるので、話半分、で用心しているのですが
「今や、Jには大学生が半分の50%も在籍している時代
になった。将来の日本サッカーは大学生が支える」と、
熱弁のPR。最後までしゃべりまくりました。
私は、大学生がみんな、Jを目指すのは,必ずしもいい、とは
思いません。立派な社会人になった方が,人生はベター、
だとも考えますが、近年、大学出身のJリーガーが増えて
いるのは確かです。
2006年はリーグ全体の26%だったのが、2011年は34%
と、リーグ全体のトップになっています。いまや、代表選手にも
数多く送り込んでいます。
他の欧州、南米も,日本ごど大学出身者が多い国はない、
と、言われています。
その半面、出番がなく、すぐ解雇される選手もいるのです。
人生は自分で切り開くしかありません。
どの道を目指すのも自由。本人次第なのです。
(松原明)
了
大学サッカーの幕開け、「デンソー杯」は、3月2日から3日間
の集中開催(宮崎県総合運動公園)で行われることが決まりました。
2月20日、日本サッカー協会で実行委員会から明らかに
されたもので、8チーム(各地区選抜と全日本選抜)が参加して
トーナメントの勝ち抜き大会です。
昨年からそれまでの20分ハーフの変則大会を止め、
45分ハーフの正規の大会に戻りました。
全日本選抜は、来年のユニバシアード大会(ロシア・カザン)
で行われる日本代表候補(1、2年生)で、順天堂大の
吉村雅文監督が指揮を執ります。
デンソー大会のあと、改めて全日本を編成。3月25日の
日韓対抗定期戦へ備えます。今年は東京・国立競技場
が会場です。
この日韓戦に向けて,初めて東南アジア遠征が決まりました。
3月16日から21日まで,インドネシアで3試合を予定。
ACL出場のアレマ・マランとの対戦は、21日、1万5000人
収容のカンジュルハン・スタジアムで有料試合を予定して
います。
インドネシアは東南アジアでは1番のサッカー人気を誇り、
すごい声援をするので「あの熱狂的な環境でプレッシャーの中、
どう戦うか、選手に覚えてもらう、いい機会」と、大学サッカー連盟は,
欧州だけでなく,新たな開拓を目指す狙いです。
デンソー杯で、青山学院大からは、GK・杉田哲司君(3年)
が、ただ1人、関東選抜Bに選ばれました。
昨年はJ2草津の強化指定選手でプレーしており,今季の
関東大学リーグ・デビュー期待が高い選手。
身長195㌢の長身で、私の母校、湘南高校の後輩です。
ダニエル・シュミット(中大)との争いです.シュミットも
背は同じ195㌢。このタワー合戦は楽しみです。
私は、ちょうど、Jリーグ開幕とダブルので宮﨑へは行けませんが
ヤング諸君の活躍を願うのです。
(松原明)
了
㌢の長身で、
バロセロナは、日本で開催したCWC(世界クラブ選手権)で、
近来にない完成されたチーム・プレーを見せて圧勝。
他の大陸代表も寄せつけないものすごさで、6万人を超える
ファンを驚嘆させました。
ただただ、驚くばかりの個人技の集大成なのですが、
スタンドで見た感想を言えば、「絶対に外には蹴り出さない、
つまり、相手に渡さない」、のです。
ボールがよどみなく流れるので、選手交代も、なかなか
できない。この試合を中断しないワザがすごいのです。
自分のボールは丁寧につないで、相手に渡さない。
マイ・ボールを簡単に蹴り出して、相手に与えるような
ミスはしないのでした。
ボール支配率は、2試合とも70%以上。この数字よりも
「9割も保持しているのではないか」とさえ、感じるのです。
それに、正確なインサイドキックで、ボールは確実にキープし、
パスにつなげる個人技は、全員完成されており、これが
できないと、バルサでは出番がない、というのが分かります。
筑波大の風間監督は、このバルサのインサイド・タッチのワザを
選手に見せ、「みんなでトライしよう」と、常に試みていますが、マイ・ボール
でも奪われミスが多いのでは、まだまだです。
下部組織から熟成させてきた個人技の円熟度が、今回、
特に他を圧倒しました。これはできることではありません。
しかし、常に探求の精神を持って努力すれば、やれる日は
来るでしょう。
ローマは1日でならず。大きな目標を、目の前
で見た教えを、忘れないでやろうではありませんか。
(松原明)
了
大学リーグが終わり、多くの監督からいい言葉を聞き
ました。
流経大の中野監督は「今の選手は教えられ過ぎています。
少年時代から”こうやれ””ああやれ”で来ているので、
これでは困るんです。だから、私は、ピッチではやるのは
キミたち。自分で考えろ、と見守っています」
流経大はついに2年間無冠。これを重大な転換期、と
自覚し、2012年の新たなスタートへ、走りだそう
と、しています。
久々の3位に入り、インカレ出場の慶応大も、「相手がどう出て
くるか、それに対応するのは、どうすればいいか、自分たち
で話し合い、ぶつかってみろ」とイレブンをピッチに
送り出しました。最後の試合、筑波大戦も、激しくプレスを
掛けてボールを奪い、前へ前へ、と流動的なサッカー
を展開、貴重な勝利で3位を勝ち取りました。
慶応大が筑波大に勝つたのは、39年ぶりの歴史的な
ものでした。
慶応大はこれまでは、パス交換だけを楽しむような感じ
も受けるようなサッカーをやっていましたが、ついに
目覚めた、とも言えるようなきびきびした動きでした。
「自分たちで考えろ。ベンチを見るな」と、自覚をうながした
のは、湘南の反町監督です。練習から選手のアイデアを
生かし、チームを活性化させたのです。今季は後退
しましたが、この「自分で考えよう」のサッカーは、
必ず根附くでしょう。
サッカーは真っ白なキャンバスに絵を描くもの、と
昔から言われてきました。イレブンが自在に描く
美しい絵を夢みたいものです。
(松原 明)
了
「夢を持とう」という言葉を2人の外国人監督から
聞きました。
1人は柏レイソルをJ2優勝、昇格すぐにJ1優勝、
の歴史に残る快挙を成し遂げた、ネルシーニヨ監督です。
もう1人はJFL3位でJ2へ初昇格した、町田ゼルビアの
ポポヴィッチ監督です。
ネルシーニヨ監督は、Jリーグ・アゥオーズの表彰式
の壇上で、こう言いました。
「夢を持つて信じて努力すれば、必ずかなう」。
昨年の表彰式のとき、都内の会場に到着して、偶然、
J1優勝の名古屋グランパス・イレブンの姿を見ました。
そのとき、ネルシーンヨ監督は叫んだのです。
「見ろ!あれが日本のチャンピオンだ。いいか、来年、
おれたちが彼らに代わって王者になるゾ!」。
イレブンは目を丸くしてグランパスを見詰めました。
そのころ、だれも、まさか、柏がすぐにJ1も優勝する
とは思っていません。しかし、ネルシーニヨは、この日
から1年間、柏の選手に夢を持たせ、ついに開花させた
のです。
ポポヴィッチも、ネルシーニヨとそっくり同じこと
を言ったのです。
町田が最終戦を飾った、試合後の記者会見。
「夢は努力すればかなう。夢を持つことの尊さを
自分たちでつかみ取った。今日は1年間
努力してきた成果が実ったんだ。夢は努力すれば
かなうことを、今日、選手は実証した」。
夢とは、チーム創設から追っていた、Jリーグ
の昇格です。資金難、スタジアム難、あらゆる
障害を乗り越えて、たどりついたゴールは、心から
うれしいに違いありません。
みなさん、駄目、だと諦めていませんか。
夢を持とう!。根岸先生は「挫折と諦めてはいけない。
探索なのです」と言われたのを先に紹介しましたが、
2部に落ちた、と諦めてはいけません。
大きな夢を持つて、チヤレンジしませんか。
柏レイソルがやれたのです。
新たな1年の探索が始まりますよ。
(松原 明)
了
国民栄誉賞、紫綬褒章を受章した、日本女子代表が
12月1日、「2011年新語、流行語大賞」を受賞。
ついにチーム3冠受賞です。
日本サッカー協会女子委員長、青山OBの上田栄治さん
が代表して表彰式に出席しました。
大賞に選ばれたのは「なでしこジャパン」の言葉です。
ドイツW杯で金メダルを獲得してから、なでしこ
旋風は止まず、日本中に明るい話題を振りまいた
ことが、認められたものです。
この日は、佐々木監督、代表選手らは出席できません
でしたが、上田委員長は「この言葉は、2004年
に公募して、もう7年になりますが、ついに
日本中で認められたのは、みんな、心から
喜んでおります」と、あいさつしました。
「女子代表に愛称を付けて欲しい」、と日本サッカー協会
が全国にアピールしたところ、2700件の応募が
あり、その中から選ばれたのです。
流行語大賞受賞は、サッカー関係では、
2002年の日韓共催W杯でキャンプ地になった
中津江村(坂本村長)以来、9年ぶり、2回目
のことです。命名以来、なでしこの種を配る、など
PRを続けてきた、上田委員長は、長い道のり
に感無量でした。
了
大学サッカーの最後を飾る「第60回全日本大学サッカー
選手権大会」通称”インカレ”は、12月18日から関東地区で
開催が決まりました。
今年度は世界クラブ選手権が3年ぶりに日本へ戻ったため、
グラウンドが無く、大学サッカー連盟は開場探しに奔走、
四苦八苦した結果、1回戦、準々決勝は地方開催、
準決勝(12月25日)は西が丘、決勝(1月5日)は
国立(女子決勝も同時開催)になりました。
どの会場も、交通アクセスが良くありません。
1回戦は鴻巣、古河、足利、たつのこ、の4会場です。
驚いたのは、関西代表(3校)がすべて入れ替わった
ことです。
昨年、全国制覇した関西大はリーグ4位で消え、立命館大、
阪南大も落選。今季の優勝は桃山学院大(4年ぶり
5回目)2位・同志社大(9年ぶり16回目)3位近畿大
(5年ぶり4回目)と、ガラリ一変しました。
関東代表(4校)は12月4日の最終日まで決まりません。
確定しているのは、2部優勝から一気に首位に立った
専修大学だけです。2位・明治大(勝ち点36)、3位・筑波大(同)は
ほぼ当確。最後の4位を争うのは慶応大(勝ち点34)早稲田大(32)。
最終日(駒澤陸上)は慶応大と筑波大が直接対決、早稲田大と
流通経済大の対戦。慶応は勝てば3位、負ければ早稲田次第で
圏外のピンチです。
慶応大学の須田監督は「最後まで分からないのも、学生には
いい試練じゃないですか。もう度胸を決めてやるしかありませんよ」
と、泰然としていました。
慶応大学は平成5年以来、17年ぶりのチャンスです。
相次ぐ波乱のこの1年、大学サッカーのフィナーレは、
意外なドラマが待つているような予感があります。
了
関東大学リーグの降格争いは、第21節で決まりました。
2部落ちは駒澤大、青山学院大の2校。最後までピンチ
だった中大は、27日、神奈川大に快勝。やっと転落を
免れました。
ベンチ前で陣頭指揮をしていた佐藤監督は「こんな
苦しみは初めてです。選手が満足のそろわず、一度も
ベストメンバーを組めませんでした。青山学院大の
試合も主力5人が欠け、どうもならない状態でした。
今季はもう公式戦がないので、来年へ向けて早めに
スタートします」と疲れきった表情でした。
私は思うのは、苦戦の原因は、常時、佐藤監督、白須コーチ
が不在で、自主練習になってしまうのではないか、という
点です。お2人とも仕事があり、週末しか来れない、のでは
どうしても、目が行き届きません。
こなんに故障者が続出するのも、練習方法のどこに問題点がある
のか、改善をしないと、再び起こるのではないでしょうか。
総理大臣杯で2位に入り、秋を期待されていたのに、こういう
寂しい結果とは残念です。本当は浦和レッズを退職した、OBの
元日本代表の信藤健仁さんが専任監督で復帰する予定でしたが、
体調を崩し、心労が重なり、就任後、すぐに辞任した
のは、大きな誤算ではなかったか、という気がします。
了
11月1日、鎌倉市芸術館(大船にあります)で、私の母校
湘南高校創立90周年記念式典があり、特別講師として
アメリカから招かれた、ノーベル化学賞受賞者、根岸英一
さんの講演がありました。
根岸さんは湘南高校28回卒業生。この日のテーマは「21世紀を
救い、支える科学、化学」という、いかに今の様々の
発見が世界を動かすか、の解説でした。
難しいテーマを、分かりやすく、現役高校生、父兄、OBに
説く話術の巧みさには感心しましたが、面白い、
と感じたことを紹介しましょう。
根岸さんは「あらゆる課題に取り組むには、まず
”好きになる”ことです」と話し始めました。
「勉強でも、体育、スポーツでも、まず、好きでないと
成功しません。みなさん、好きになるものがあり
ますか」。
「好きだったら、とことんおやりなさい。それが
あらゆる分野で第1歩です」。
「私は、研究が行き詰まり、挫折しかけたことが
何回もありました。ある日、恩師のブラウン博士
に相談し、教えを請いました」。
「ブラウン師はすぐに、こう言いました」
「キミ、挫折、と思うからいかんのだ。それは
挫折ではない。探査が壁に当たったんだ。探査
なら引き返して、なぜだろう、と考え直せる。
それから、別の探査を始める」。
「エクスプロレーション!(探査)そうか、と、目を
開かれた思いでしたね。諸君もそう思いませんか」。
根岸さんは、その手探りから化学賞の大発見をした、と言う
のです。
これは、スポーツの世界でも同じではありませんか。
挫折はない、駄目、と思わない、これが大事、だと
ヒントを得た根岸講演でした。
みなさん、挫折せず、常に新たな”探索”を進め
ませんか。
(松原明)
了